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新入社員時代まったく仕事ができず、自分の脳の障害を疑って病院に行った話 その①

今日、会社から帰宅する時やたら駅が混んでいると思ったら、スーツを来た新入社員の軍団でした(直接確かめた訳ではないですが、あの雰囲気はそうでした)。

電車に揺られながら、自分が新入社員だったころのことを回想しながら、思うところがあったので、つらつらと述べたいと思います。

 社会人として最初の失敗

社会人になって最初の失敗は、「電話の取次ぎ」でした。

先輩にかかってきた電話を僕が取り、その時先輩は席を外していたので後で伝えようとメモを取っおきました。ところが、電話を終えてすぐに上司から仕事を頼まれ、そのメモを自分の机の上に置きっぱなしにしていました。そしてその頼まれごとを終えた後も、メモの存在をすっかり忘れていたのです。

それからしばらくして日も落ちてきた夕方17時ごろ、書類の間に挟まれていた電話のメモを発見しました。僕がこの電話を受けたのは午前中だったので、5時間以上は経過しています。もしこの時、慌てて先輩のところにメモを持っていき、電話の取次ぎが遅れたことを謝罪すれば、あれほど怒られることはなかったかもしれません。

ですが、僕の内心は(あ、やべ忘れてた)くらいの心境で、先輩の席に行き電話メモを渡してに電話の件を伝えました。その内容を聞いた先輩は顔色を変え、「この電話来たのいつだ?」と尋ね、僕は平然とした顔で「午前中の11時くらいでしたかねぇ?」と言いました。恐らくこの態度が先輩の怒りに火をつけたのでしょう。

「おっそいんだよっっ!」

僕のゆとり街道まっしぐらな人生で人に怒鳴りつけられた回数は恐らく10回に満たないでしょうが、これがその数少ないうちの1回です。

まさか怒鳴られると思っていなかった僕は、凍り付きました。

それから僕はオフィスのみんながいる中、立たされたまま先輩からかなり強い口調で叱られました。情けない話、怒られ耐性が無かった僕は、後半足がガクガクで泣きそうになっていました。恐らく僕は定年退職するその日まで、この最初の失敗のエピソードを忘れないと思います。

ですが、この時怒られたことは、この後の地獄の社会人生活の幕開けに過ぎませんでした。

 

怒られない日はなかった新入社員時代

新入社員時代、僕はとにかく「毎日」怒られていました。「毎日のように」ではなく、「毎日」怒られていたのです。最初の1年間で誰からも怒られなかった日は1日もなかったと記憶しています。

会社がブラックだったという訳ではなく、僕はとにかく仕事ができませんでした。いや、仕事というよりも、脳の欠陥を疑われれるレベルで単純ミスを繰り返していたのです。

例えば、事務所の小口金庫のボックスが、フタが開いてお金がむき出しの状態のまま自分の机の上に放置してトイレに行ったり、パソコンの単純な入力作業を何度も間違ったり、発注書を上司の確認を取らずに取引先に送付したりしていました。これは一例で、似たようなミスや失敗を毎日毎日繰り返し、その度に直属の上司をはじめ、周りの先輩方に怒られていました。お局様からは、小声で「病院言ったほうがええんちゃう?」と言われたこともあります。

あまりにも失敗ばかり繰り返していたので、僕は段々と周りの人間の信頼を失っていきました。特に直属の上司には、話しかけても無視をされたり露骨に嫌な顔をされるようになりました。

 

脳の障害を疑う

仕事の失敗で怒られ続けた僕は、ある日こんな考えが頭をよぎるようになります。

「自分には何か脳に欠陥があるのではないか」

ADHD注意欠陥多動性障害)やアスペルガー症候群などのドキュメンタリーを学生時代にテレビで観たことがあり、僕は自分がそれなのではないかと疑うようになります。

インターネットでそれらの症状に関して調べ始め、とうとう専門の病院で見てもらうことを決意しました。

病院の予約を取り、予約表の紙を鞄に忍ばせ検査の日をひたすら待ちました。当然、検査の事は会社の誰にも内緒にしておく「つもりでした」。

 

僕氏、社会人生活初の号泣、「深夜の説教」

ある日、事務所で深夜残業をしていました。僕と直属の上司以外の人間は既に退勤しています。

すると、上司がおもむろに話かけてきて説教が始まりました。始まりの時点で、時刻は23時を回っていたと思います。

「僕くんは、コミュニケーション能力が、ない」

この時に上司が発した斬新な言葉は、今でも鮮明に覚えています。

コミュニケーション能力が「低い」でも「苦手」でもなく、「ない」です。犬や猫やブタと同じということです。いや、動物でさえ何らかの方法でコミュニケーションは取っているはずのなので、僕は人間としてそれにも劣るというのです。

この上司のねちっこさは凄まじく、怒鳴ったりはしないものの、一度始まった説教の長さは凄まじいものがありました。もしこの世に「説教の長さ選手権」があれば、全国クラスを狙えるほどです。

23時から始まった説教は、日をまたぎ夜中の1時を過ぎてもまだ続きます。「態度が気に入らない」「やる気がない」「この会社とは別の道もある」といった説教を延々と聞かされ続けました。

午前2時を超えたあたりで、僕は等々泣き出してしまいました。成人男性がまさかの号泣。しかも、感極まった勢いで、隠しておくつもりだった病院の予約表を取り出して上司に見せてしまいます。

まさか泣き出すとは思っていなかった上に、病院の予約表まで見せられた上司は態度が一変。「ゴメンな、言い過ぎたかもしれない」「病院に行くほど悩んでいたんだな」「病院のことは絶対に誰にも言わないから」と優しい言葉をかけてきます。

上司の前で号泣してしまうという赤っ恥をかいた変わりに、少しは上司が優しくしてくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱いていた僕は、どうしようもなく甘ちゃんのガキでした。

「上司の前で病院の予約表を見せてしまう」

これは、僕が現在にいたるまでの社会人生活の中で、後に最大の過ちになるのです。

 

 その②に続く