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実家近くに転勤になって、毎週末に実家に帰っていた頃の話

社会人になってから転勤で偶然実家から電車で2時間ほどの勤務地になった時期ありました。この時期、毎週土日になると実家に帰っていました。

というか電車で2時間ってそれほど近いとも言えないのに、今から考えるとよく帰っていたなぁと思います。

今回はその時に考えていたことをゆる~く語ります。

 

親に溺愛されていた大学生時代

大学生時代は実家住みで、連休になるとよく親に誘われて色々な場所に出かけていました。友達と遊びに行ったこともあまりなく、傍から見たら成人になっても親に溺愛されている気持ち悪い男だったかもしれません。

そんな家庭だったので、僕が就職して家を出る時、両親はことさらに寂しがりました。特に父親です。

母親は割り切りが早く、僕が家を出ると早々に自分の趣味の集まりに出かけていくようになりましたが、父親は子離れできず、よく僕に近況を聴く電話をかけてきていました。母に聞いた話ですが、父は僕が家を出てからというもの、抜け殻になったように毎日ソファーに座って延々とテレビを観るようになったとのことでした。

 

異動で実家近くに住むことに

就職してから数年後、人事異動が発令され、偶然にも実家から電車で2時間の場所に住むことになりました。最初にこのことを父親に連絡した時は、無反応気味でしたが、もしかしたら内心では狂気乱舞していたかもしれません。

引っ越しも済んで最初の週末、さっそく父親から「こっち戻ってくれば?」とのお誘いが。まぁ、最初くらい良いかと電車で実家まで戻っていきました。この時点では、まさか毎週実家に帰るようになるとは思っていませんでした。

実家に着いて両親に会うとやはりうれしく、ご飯を食べながら近況報告に華がさきました。誰かにご飯を作ってもらうというのも、久々のことだったのでかなりリラックスできた時間でした。

その翌週はさすがに実家に帰ることなく、自転車で近所を開拓したりして過ごしました。

さらに翌週、誰かの誕生日(母親だったと記憶している)で再び実家に。家族で外食をして楽しく過ごしました。

ここからなし崩し的に毎週実家に帰るような流れになり、やがてそれが当たり前の習慣になっていきました。

 

実家で何をしていたのか

同期に毎週実家に帰っていることを話すと驚かれ、「そんなに帰ってもやることなくない?」と疑問に思われます。実際、実家に帰っても大したことをしている訳ではなく、家族と一緒にテレビを見たり、ショッピングセンターに出かけたりと、本当にたわいもないことをしていました。

普通社会人になると、実家に帰るのは「何か用事があって」のことだと思いますが、この頃の僕は実家に帰ることそのものが目的になっていたと思います。

電車で往復4時間、電車代も2000円以上かかるので結構バカになりません。

 

実家に帰ることに疑問を抱き始める

さて、毎週実家に帰る習慣が1年ほど続いたころ、ふとこんな気持ちが沸き上がりました。

「毎週帰るのめんどくさいなぁ……」

往復4時間の時間の浪費もさることながら、実家に帰る電車の中は毎回超満員だったので、夏は汗だくになりながら帰っていました。習慣というのは恐ろしいもので、1年間の間は、本当に何の疑問を持つこともなく、さながら毎日会社に通勤するがごとく実家への電車に乗り込んでいました。

毎週末の4時間を電車の中で過ごすということは、土日の二日間48時間のおよそ2割を使っている訳です。時間が貴重な社会人にとっての週末の4時間は、かなりの希少資源を消費していたと感じています。

段々と「帰るのめんどくさいなぁ……」から、「帰るの辞めようかなぁ……」に変化していくのは時間の問題でした。

 

中々親に言い出せない

毎週実家に帰るのを辞めようかと考え始めていましたが、毎回帰ると喜ぶ父親の顔が浮かび、中々言い出せずにいました。

もはや帰るのが当たり前になっていたので、僕がある日突然「もう毎週帰るのやめる」と告げたら、かなりのショックを受けるであろうことは想像に難くないことでした。

毎回実家に帰る度に「今日こそ言おう。今日こそ言おう」と、まるで彼氏に別れを切り出す勇気を振り絞る乙女のような感情を抱いていました。

 

ついに告げる

その日は12月31日、大晦日でした。

当然のごとく実家に帰省していた僕は、家族で年末を過ごしていました。年越しそばも食べ終わり、さあ寝ようとなった段になって家の電気が消え、僕は自分の寝室に向かって歩き始めようとした時、言いました。

「もう毎週帰るのやめるわ」

勤めて冷静な声を出そうと意識していました。うまくできていたかはわかりません。

予想通りというべきか、最初に反応したのは父親でした。

「ええ! なんでや⁉」

その声には、哀しみというよりも純粋な驚きの響きがありました。

すると母親が助け舟を出すように言いました。

「まぁ、お金も時間もかかるしねえ」

母親はこの時点でもう僕が家に帰ることにあまり固執していなかったので、それほどショックを受けている様子はありませんでした。

「家族の誕生日や祝日には帰るようにするからさ」

それだけ言い、僕はそのまま寝室まで去っていきました。

この後、父親の胸にどんな想いが去来していたのかはわかりません。もしかしたら僕が思うほどショックを受けていなかったかもしれません。

 

帰らなくなった

僕が実家に帰らなくなってしばらく経ちましたが、土日に実家に帰っていた時間を有効に活用して、読書をしたりリラックスタイムを楽しむようにしています。現在でも実家から2時間の場所に住んでいますが、あの大晦日の夜の宣言通り、家族の誕生日や祝日以外には実家に帰っていません。次に帰るのは5月のゴールデンウィークになると思います。

もしかしたらいずれ両親が亡くなる時に、「あの時間実家に帰っていればよかった」と後悔することになるかもと考えたりもしますが、それはそれで仕方がないと思っています。これは個人の価値観だと思いますが、成人して家を出た男性が毎週実家に帰るのはなんか違うよなぁ、と思います(そういった人たちを否定する気は毛頭ありません。あくまで僕の個人的な考えです)。

一昔前に「親が死ぬまでにしたい55のこと」という本が流行りましたが、宣伝文句では親が現在60歳の場合、あなたが親と会える日々はあと半年しかないというものでした。これは、家を出ていて、実家に戻る日数が1年に数日という前提を元にした計算でした(具体的な計算方法は忘れました)。そんな寂寥感を商売にするなんて商魂たくましいなと思いましたが(著者の方は純粋に啓蒙が目的だったかもしれませんが)自立する上での親離れはある程度は必要だろうなと思います。

毎週実家に帰ることはなくなっても、僕は毎回記念日にはプレゼント(主に食事とお金)を両親にプレゼントしています。毎週実家に帰ることも大きな親孝行の一つだとは思いますが、僕がこれからさらに洗練された大人になるためにも、徐々に親孝行の方法も変えていきたいと思っています。